戦争論改
最近、戦争ものの番組がよくやってて、安保法制もあってやっぱり戦争のことを考える。
でも、あれーとなんか腑に落ちない感じがあって。いっぱいあるんだけど、ひとつは、いろいろ情報を見ると、やっぱり、日米開戦のとき、あるいは少しさかのぼって日露戦争とか、やっぱり日本の市民たちは「いけいけ!」って盛り上がってたみたいなんだよね。
戦争は悪だ、とは大勢の人は考えてなかったみたいなんだ。やっつけろ!もっと領土広げろ!みたいなふうに大半は思ってたんじゃないかと思うんだ。
で、太平洋戦争の後半になって、空爆があったり、物資が欠乏してくると、戦争は悲惨だ、と思うようになったんだと思う。で、ボロボロになって敗戦して、こんなことは二度とやりたくない、って思ったのが大半だろうと思う。
だから、やっぱり戦勝国では、戦争=悪という世論はない気がする。アメリカだってなんだかんだいって、世論の大半がダメ出ししてないから、戦争をつづけているんだし、911のあとのイラク戦争への賛成率はすさまじいものがあった。
だから、戦争自体がどうこう言うようになったのは、戦後、それも日本とか敗戦国だけなのかもしれない。もちろん、一部の知識人とかがずっと反対してたとかはあるだろう。多くの市民がどう思っていたか、ってことね。
でも、日本市民が、勝った!勝った!で日中戦争で盛り上がっているとき、中国は一般市民がいっぱい死んでたと思うんだよね。巻き込まれて。便衣兵とか、そういう言い訳はあるかもしれないけど、いくらゲリラと見分けがつかないといっても、一般市民を殺していたことにはかわりないんだよね。いまのイラク、アフガンでアメリカとかNATOがやってることと似ているんだと思う。そんなつもりは毛頭ないけど、どうしても一般市民を巻き添えにしてしまう、というね。
そういうことは確実に中国であったと思う。日本兵が殺した。
もちろん戦争末期には日本の一般市民も大変な目にあって、原爆なんて、日本兵のすべての蛮行を足しても余るくらいのことをされたと思っている。アメリカもひどいことをしたもんだ。
でも、やった側、やられた側、亡くなった人の数、いろいろあれど、どこか共通したものがあって。それはおそらく、自国の市民を守るために他国の市民が多少犠牲になるのは仕方がない、それが戦争だ、みたいな割り切りが両陣営にあるんだと思う。
どこだって自国民が大切なんだからって。ともすると、自国の兵士のほうが、他国の一般市民より大切だという価値観が動いていたはずだ。それが戦時というものだということで。
だから、悪いのは戦争じゃないんだと思った。悪いのは、そういう差別意識なんじゃないのかな。
自国の市民の生命と財産が守られるためには、他国の市民の生命と財産は多少ごめんなさいするしかない、どっちがごめんなさいされるのかは、まあそのときの国力ということになっちゃうよね、という価値観が悪いんだと思う。
で、それは、ずっとあるんだと思う。
まあ、ちょっと紋切型できれいごとで言ってしまってるところはあると思うけど、結局、経済封鎖をされて、自国の市民の生命と幸福を守れなくなりそうだから、開戦したってのが、太平洋戦争なわけで、それは日本からすれば自衛の戦争だったんだよね。
ただ、守るのは自国の市民だけだっていうだけで。
もちろん、大東亜戦争ということで、アジアを欧米から解放するっていうのもウソじゃなかったし、事実そういうことはしたんだと思うけど、アジアの市民を日本国帝国市民と同等な大切で扱ったかというと、扱っていなかったと思うんだよね。
だから、総合的には、差引で、欧米から独立させてあげたんだから、いいじゃないかと言う言い方はできるかもしれないけど、事実、差引で、日本に感謝しているというアジアの国々、インドネシアやベトナムとかはあるのかもしれないけど、やっぱり自分たちのほうがえらい、という気持ちでいたんだと思う。日本人は。
いまだってそうだと思うし、俺なんかもそうじゃないとは言い切れない。でもそういうえらそうな気持ちを、具体的な行動に出し始めたときが、もう戦争なんだと思う。
でもまあ、そこらへんは、どっちなんだ、と決められるようなものじゃない気がするね。僕の中にも両方ある。資源、領土のための侵略戦争であり、大東亜解放戦争でもあった。そういうことだろう。
たとえば、日本人の中に、中国や韓国や北朝鮮が、日本と同じ生活水準になるのはなんか許せない、という気持ちがたくさんあれば、どこかで戦争が起きる可能性はあると思う。それは、かつてのような大規模な戦争ではないかもしれないが、ある程度の犠牲者の出る、たとえば、テロの応酬、みたいな形の戦争が次世代の戦争として始めるかもそれない。いまのイスラエルとパレスチナのような。
今日、テレビを見ていた、元防衛大臣の森本さんが、アメリカ側に、ペリー来航のときにはただの遅れた小国だった日本が、欧米列強と伍してきたことが許せないという意識があったはずだ、と言っていた。
それが戦争の要因のひとつになっているということで。
それは、あったと思う。アメリカだけじゃなくて、イギリス、ソ連、もしかするとドイツとかにもあったかもしれない。黄色人種ごときが最近生意気だぞ、叩いてやれ、という意識が。
まあ、そんなこんなで、結局のところ、他国より自国が大切という気持ちが切迫した形で具体的な行動に出始めると、戦争が始まるということで、ざっくり自分のなかでまとまった気がした。
抑止力とかは、その場その場では重要なやりくりだと思うけど、それで戦争が回避できるとは思えない。戦争はあの手この手で始まろうとするはずだからだ。