秘密の暗号は書かれなかった

昨日、数年ぶりに思い出したことがあった。たわいないことだ。小学生のとき、転校してしまう友人と、暗号を作ったことだ。

僕たちはそのとき、そのときといってもおそらく、転校までの数ヶ月くらい、親友だった。名前も顔も思い出せない。なんとなく雰囲気だけ覚えている。それくらいの関係。でも、その時は紛れもない親友で、毎日、毎放課、一緒にいたように思う。恋といえば片思いしかしらないあの頃、それはちょっとした恋人のようなものだったのかもしれない。

そして、彼が転校する前日、僕たちは校舎を出たすぐの、電柱が立っている土台の、低いレンガが丸く積まれているところで、暗号を作った。(その場所だけを覚えている)

どんな暗号だったか、覚えていない。おそらく、あいうえおの五十音ひとつひとつに、新しく作った記号を当てはめていったように思う。その紙をふたつ作って、ひとつづつ持った。これから、暗号でてがみを書こう。俺たちにしかわからない言葉で。そういうことを、わりと冷静な気持ちで、わくわくしながら、取り決めたように思う。

果たして、手紙は一通も書かれなかった(はずだ)お互いに。

 

だけど、あの、暗号を作っているときのことを、たまーに思い出す。まるでとても大切な思い出だとでもいうように。不思議なものだ。そこに強い感情が働いてきた記憶がないのだ。とても悔しかったこと、とても誇らしかったこと、そういうのは覚えているものだろう。だが、あのとき、どんな感情だったのか、思い出してみると、なんか、ひなたぼっこしながらカブトムシをいじっているような、淡い気持ちしか浮かんでこないのだ。

 

だけど、やっぱり今思い出してみると、うれしい、という気持ちが思い出せる気がする。俺たちだけの暗号を作った。そのことがうれしいのかもしれない。俺たちだけの暗号を俺たちで作って。

 

いま、トイレを我慢して、話にオチをつけようとしていたんだけど、小一時間たっても思いつかなかった。もう限界なので、これにて。