あなたといるときの私が一番好き

数年に一度くらい、ZARDの曲を聴きながら、惜しい人をなくしたといって夜中に涙するのが恒例となっているわけだが、歌詞の1つが妙に心に残った。

一緒にいるときの自分がいちばん好き

というものだ。OH MY LOVEだ。

一見、恋をしたことがある人なら、誰でもわかる気持ちのような気がするが、よく思い出すと、実はよくわからない、ということに気づいた。

あるいは、こうとも歌われている。

あなたといるときの素直な自分が好き

 

これは、ほかの人の恋愛話では聞いたことがある気がする。あの人いるとき、自分らしい自分でいられた、と言っていた女の子がいた気がする。

これは、その人といるとき、リラックスしていられる、ということなのだろうか。それなら、気のおけない友だちといるときのほうがリラックスできるのではないだろうか。親友はめったなことを俺を嫌いになることなどないとしんじられるからだ。

 

でも、今、書きたいのはそのことではない。書きたいのは、一緒にいるときの自分がいちばん好き、だということについてだ。

誰とは今回は言わないことにするが、生涯に2人、このひとの前に出ると口がきけなくなってしまう、という人がいた。

あれほど会いたい、話したいと思っていたのに、いざ目の前にすると、何を言えばいいか、わからなくなってしまうのだ。いろんなことを聞きたいと思っていたのに、質問することができない。考えてきた質問がばかばかしい、うそっぽいものに思えて、口に出すことができない。また、その質問にどんな答えが返ってくるか、実は期待している答えがあって、ただそれを聞きたいだけなのだということが、その人を前にするとわかってしまって、その人にもバレているような気がして、フリーズしてしまうのだ。

だから、怒ったような顔をして黙り込むことになる。真剣な質問をしようと思えば思うほど、本当は聴くことがない、ことがわかってしまうのだ。

でも、何かを言ってもらいたい、だからその場から去れずにいる。

そういう瞬間が何度かあった。これは、ばかみたいなシーンだが、大事な瞬間だったという気がした。そういうふうに自分をさせる人、場は、めったに出合えないのだ。

 

つまり、一緒にいるときの自分が一番好き、という言葉から、このエピソードを連想したのだが、この自分とは、つまり、無力感でいっぱいの、ふだんの生活をへらへらと生きている自分に嫌気がさすような、このような濃厚な時間をもっと持ちたい、という焦がれるような思いの、そういう時間に立っている自分だ。

 

とはいえ、本当は恋の相手とも、そうした時間に立てるのかもしれない。あとから振り返っても、あれは舞い上がっていただけじゃない、なにか本物の、研ぎ澄まされた、削ぎ落とされた素直な、そういう。

 

 

いや、恋愛はそんなものじゃなくてもいい、という気がする。もっとリラックスして、素直な自分、でもいい。とか。

 

いま、、もう一度戻ろう、やっぱり恋愛のことを今書こうとしているわけではないみたいだ。

 

あの極度の緊張状態を、同時に深い深いリラックス状態とも言えるような気がするんです。

どうせすべてが見透かされている。その安堵。嘘がバレるから嘘をつけない、つかなくていいという楽。

宗教の話じゃないよ。

 

最近、不思議なことにきづいている。こういう話をするとき、日本人に日本語で話すより、外国人に英語で話すほうが、通じることが多い。

おれは英語がうまいと言っているわけじゃない。おれのつたない英語だと、相手は何度も確認しながら、俺の真意を測らなければならない。こっちも最初から通じるとは思ってないから、ちゃんと伝わっているか確認しながら話す。そういうことが、結果的に、こっちの意図することが、そのまま伝わったという実感をもてる結果につながっている。

日本人に日本語で話すと、こっちもしゃべりすぎてどこか脱線したり、ナルシシズムに入ってしまうし、相手は相手で言葉の連想から勝手に別の話に引きつけてしまったり、とにかくものすごい速さで勘違いをしてくれたりする。そして、ぜんぜんピントのずれた自分の話をべらべらとしゃべりだしたりするのだ。。

 

言いすぎたかもしれない。ただ、外国人にも通じた!みたいな素直な感動を言いたかっただけなのかもしれない。

 

でもやっぱり、言語はけむにまくために使われている。それはまぎれもない事実なのだ。そんなふうに使うために言葉を憶えたんじゃない。そう自分にいいたいのだが、このブログがその精神に矛盾していないことを、いま、祈りたい気持ちにヒヤっとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ferociousな虎

2018年はブログを週に一本書こうと誓ってから、3週間が過ぎてしまった。そういうものだ。

2017年は久しぶりに東京に出てきて、とくに何もないと言えばないが、怒涛といえば怒涛な一年だった。急にたくさんの人と知り合いになって興奮し、また疲れもした。

ところで先週、下北沢にジーパンを買いに行った。そのジーンズのデザイナーが来て、フィッティングをしてくれるというので、そういう機会はそうそうないね、ということで出掛けてみたのだ。到着すると、6人ほどの待ちリストができていた。どのくらい待ちますか?ときくと、店員が、いやーわかりません。と言う。10分で終わる人もいれば、人によっては30分ほどデザイナと話していかれる人もいますので、という。ほう、と思う。そうなると、最大で3時間待ちということだ。とても待てないかも、と思いながらも、一応リストに名前を書いた。

だけど、そんなふうにひとりの客に時間をかけてくれるなんて、やっぱり買ってみたいな、と思う。本屋でも行って、五木寛之の本でも買って、コーヒーでも飲みながら待とうか、と思い立つ。

目当ての本は売ってなかったが、昔たまに行っていた珈琲屋さんにいってみることにする。ジャズがかかる小さなカフェだ。

日曜日であったが席は空いていた。少しタバコの臭いがきになったが、ジャズがかかる店が禁煙ではおかしいわな、と思い直して、席についた。コーヒーを注文すると、あ、そういえば、と思い出す。この店で、面白い本を読んだ。バナナフィッシュを読破したのもこの店のこの席だった。でも、面白い本というのは別の本だ。

キース・ジャレットのインタビュー本だ。ふと本棚を見ると、まだそこにそれはあった。

面白い本だったという記憶だけで、表紙をめくってみた。やっぱり面白かった。

キースはこんなふうなことを語っていた。演奏しているとき、ferociousな欲望を探しているのだ、というような。ferociousは虎だ、とキース言う。ferociousは英語で「獰猛な」という意味がある。虎は怒っているわけではない。虎はferociousなだけだ、と。

なんだかわからないが、ただならぬことを聞いてしまった、という気がしてくる。キースは、ふだん人びとは、自分を含めて、眠っているという。ほんのひとときしか、目覚めていない。目覚めていたい、という欲望がすべてなんだ、というようなことを言っていた(たしか)。

 

あ、と思う。そうだ、このくだりをあの時も読んでいた。まだいろいろな怪しい知識を入れていない僕が、読んでいた。15年前、ここで。

この本の中で、「スポンテニアス」という言葉と出会い、それをネットで検索して、あるサイトにたどり着いたところから、僕のおかしな旅は始まるのだが、それはずっとむかしにブログに書いた気がするので、今回は書かない。

僕の中では、あのおかしな旅はもう終わったという気がしている。それほど強くひかれることもなく、おかしな本も読まなくなった。

だけど、このキースのインタビューは、まだ、何かがうずいていることを、知らせているようだった。

そうか、ここから始まったんだな、と感慨に浸ろうとした瞬間、携帯が鳴った。順番が来ました、とのこと。まだ喫茶店に入って5分しかたっていない。5分ほどで行きますと答えて電話を切ったが、まだコーヒーも来たばかりだし、キースも開いたばかりだ。間にひとり入れてください、と言おうと電話をかけ直すが、出ない。

まあ、多忙なデザイナーを待たせるのもいかがなものかと思い、また、いま動かないとジーパンが買えなくなるかもしれない、という胸騒ぎもして、すぐに席を立つことにした。

コーヒーはとっても美味しかった。

ジーパンは買えた。いつもバカみたいにオーバーサイズを買ってあとで後悔する、あるいは、逆にピチピチを攻めすぎて1回履いて挫折する、を繰り返してきた僕は、ジーパンを買うのに恐れを抱いていたが、今日は専門家が選んでくれるというので、大船に乗った気分だった。

ジーパンはは着心地がとてもよく、不思議だった。いつも、窮屈な思いをしたくないから、オーバーサイズを買ってしまうのだが、不思議とジャストサイズでも、そんなに嫌な感じにならずに履けている。まだ、何度も履いてみないとわからないが、もし、この感覚が正しいのだとしたら、とてもうれしい。

なにせベルトがいらないのだから。本当に履き続けられるだろうか。最初の興奮が醒めたら、キツすぎるよ、履けるかこんなの、ってなりはしないだろうか。そんなかすかな不安をいだきながらも、うれしさを噛み締めている。

虎を、ferociousな虎を、感じたい。それがもしかすると、原点だったのかもしれない、と思った。当時は、逆のことを考えていた。心の平穏をどうやって取り戻すか。どうすれば安心立命の境地に到れるのか。でも、やっぱり、生きるということは、ferociousな虎なんだと、思うし、思いたいのかもしれない。

今年が虎年だったら、このブログも収まりがいいのに、と思ったが、そうもうまくはゆかない。

そうだ、前回捕まえたことばは、ferociousではなく、longingのほうだった。キースはlongingな欲望と言い換えてもいい、と言っていたように覚えている。longingとは憧憬、憧れだ。

憧れもいいが、今は虎を見てみたい。

結局、と思う。15年たっても似たようなブログを書いている。似たようなことに引かれていく。違いがあるとしれば、今は、なんだかバカバカしいね、という感覚が、すぐ横に立っていることだ。なにが虎なんだか、ぷぷぷぷぷ。

なんてことを言いながら、現実に対応していかなくちゃいけない。虎は現実にしっかりと対応している、というか、生き抜くために、虎は虎なのだから。だから、俺は、虎じゃない。でも、虎が生命そのものである可能性もあるのだから。。。

わけがわからなくなってきた。火星に水がたくさんあるというニュースを見たからかもしれない。なら、生命は確実にいるんじゃないの!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予感とさわやかさ

昨年から資料集めを手伝っていた吉福さんの本が、来年、出版見込みという話を聞いた。図書館でコピーしまくったかいがあった。

しかし、不思議なもので、まだ出版されるまでは油断できないのだが、頼まれて資料を集め始めたときは、本当に出版されるか、50%くらいしか思っていなかった。だけど、不思議なもので、とりあえず始めたことで、コンプリートさせたいという気持ちが芽生えてきて、最後のほうは、手に入るあてがあるものを手に入れないことがなんだがもどかしい、というコレクターのような気持ちになっていた。福岡の古本屋から若干プレミアつきの80年代の雑誌を取り寄せたのに、ほかの本からの転載しただけの1ページの記事があるだけなのを発見して、「この、バブルに乗じてイケてる感だけで売ってたクソ雑誌が!」と罵倒したりしていた。同じわずか1ページでも、掘り出し物もあった。名前を出そう。「別冊宝島」だ。何冊が入手したが、どの号もすばらしい、少なくとも面白い記事を載せていた。

クソみたいな雑誌の名前はふせておこう。有名なおしゃれ雑誌です。

 

みたいなことがありながら、集めに集めた資料から、編集者が厳選した原稿案を見せてもらいながら、よくわかんねえ、って気持ちになっていた。

よくわかんねえ、のは、僕が吉福さんにどうしてこれほど関心を持っているのか、ということだった。言えそうで言えない、いかがわしそうで、まっとうそうで、理由がうまく掴めない。

 

何度も書いてきたことではあるが、吉福さんを最初にはっきり意識したときのことを覚えている。入り口は本だった。どの本が最初だったかは忘れてしまったが、まずは本を読んで、面白いことを言うひとがいるなあ、と思っていた。だけど、まだ、たくさんあるその手の本の著者のひとり、という域を脱していなかった気もする。1つ抜けたのは、知人の家で吉福さんの本を見つけて、あ、これ知ってる、と言ったとき、その知人が吉福さんの旧知だったらしく、「あ、吉福さんね、セラピストやめて、ハワイでサーファーになっちゃったよ。そういう人なんだよ」と笑ったときだ。

そのとき、「おっ」と思った。「へえ」と思ったのかもしれない。

頭のなかに、サーフボードを抱えてハワイの風に吹かれている、まだ写真も見たことがなかった吉福さんのイメージが浮かんだ。

僕はそのとき、ハハハ、変わった人ですね、みたいな返答をしたと思う。だけど、そのとき、「へえ、それっていいじゃん」という感じがあったし、なんだか信じられるね、という感じもあったし、ハハハと乾いた笑いが自分から出たことも、喜ばしいことに感じた。胸の中にさっと風が吹いたような感覚があったような、なかったような。

そのとき、今思えば、予感めいたもの、きっとこの人と会うことになる、あるいは、自分は近づいていくことになる、と、熱くではなく、切実でもなく、切望でもなく、ただ、ぼんやりとさわやかに感じていた気がする。

 

記憶はあとづけで編集されるものだから、断言はできない。が、そんなことがあった気がするし、本当にそういうことがあったかどうかは、もはや重要ではない、という気がする。そういうふうにぼくのなかにストーリー化されている、ということだ。

 

でも、ある意味、後々に実際に会った吉福さんは、あのとき、さわやかにハワイの風とともにイメージした人とは、まるで違う、真逆のような人であった気もする。するし、いや、むしろイメージどおりだったともいえるような気もする。

 

というように、吉福さんのアンソロジー本に関するミーティングに出かけようと、井の頭線に乗っていた、先週のことである。

僕は最近話題の哲学の本を、シャープペンシルで線を引きながら、読んでいた。かなり真剣に読んでいたように見えたはずだ。

その車両に、5−6歳くらいの子どもたち10人ほどと、引率の大人数人がドヤドヤと乗り込んできた。

すると、間髪をいれず、1人の男の子が、何の迷いもなく僕の目の前に立ち、何の迷いもなく、開いている本の「表紙」を覗き込んだ。座っている僕が膝の上で開いている本の表紙を覗き込むわけだから、子どもといえど、ものすごく首を曲げて、あからさまに覗き込まないと覗けない。覗き込んできた。僕は「あっ」と思った。「やられたっ」と思った。

うれしかった。いきなり間合いに入られる、ある種の快感があった。もちろん、相手が大人だったら怖かったかもしれない。子どもだから、ほほえましかった。

そんなに表紙が見たいのかと思い、表紙を見せてあげたら、すすすっとあっちへ行ってしまった。「やるじゃん」と思う。好き放題だ。本に目線を落とし、また線を引き引き読み始めると、こんどは、「ぼくはエビフライ! わたしはそのとなりのしかくいやつー!」などと目の前あたりが騒がしくなっていて、目を上げると、子ども3人が熱い視線を僕の頭のすぐ上あたりに注いでいた。振り返ると、そこに何かの広告が貼ってあった。ぼくの頭の裏だ。だから、子どもたちの目線は、ほとんど、僕の頭にもぶつかってくる。おれはどうしていいかわからず、本に目線を落とし没頭し、集中しているようなそぶりを見せたが、子どもたちは一歩も引く気がないらしかった。

これでは本なんか読んでられない、うんよくとなりの席があいたので、1つズレてあげた。これで広告見放題だ。やれやれ、と思っていたら、こんどは僕があけたその席に、さっき表紙を覗いてきた男の子が、早速乗り込んできた。広告はもういいのか?? すると、そのとなりに、女の子も乗り込んできた。1つの席スペースに2人座ったということだ。ふと目を上げると、3人目の女の子が、さみしそうな目で、僕と子どもたちのすき間のスペースをみつめている。僕が少し身をよじれば、座れないこともない。しかたがないから、逆どなりが若い男だったにもかかわらず、僕はそちらに少し身を寄せ、すき間をあけた。

そこまでしたのに、こんどはその女の子は躊躇しているようだった。お友達も、ここに座り、と言ってあげない。若い男に身を寄せた俺がバカに見えるじゃないか! 僕はもう仕方がないから、ここにお座り、というジェスチャーをするしかなかったのだった。

 

果たして、女の子は僕のとなりに出来たすきまに、ものおじしながら座った。見やると、下を向き、身を固くしていた。ぷるぷると緊張で体が震えているようにさえ見えた。なんか悪いことしたかな、本当は座りたかったわけじゃないのかも。。ちょっと気まずい気持ちになりながら、こんなに全身全霊で緊張できるなんて、こどもってやっぱりかわええ、と思わざるをえなかった。

そして、しばらくして、彼らはまた、ドヤドヤと出ていった。振り返りもせずに。。。「やられた」 蹂躙された。もう僕は哲学の本に戻ることができなかった。こんなこむつかしいこと、どうでもええわ、本当のこと言えば、と思えてきた。

 

だけど、悲しいことに、また、ひとりになり、考え事をして、気持ちが煮詰まってくると、哲学の本を開いてしまうのだった。どうでもいいことは、わかっているのにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレッシュ

最近、ボルダリングをはじめた。前から気になってはいたが、基本的に筋肉に自信がない僕は、きっと苦手でつまらないだろうと敬遠していたのだ。

しかし、そうではないのだ。たとえば昨日などは、僕よりいくらか年上だと思われる女性の方たちがいて、こういう人もがんばってボルダリングやろうとしてるんだな、ほほえましいな、と思っていたら、僕の何級も上の何度の壁を、すいすいと登っていってしまった。よく見たら、手にテーピングをぐるぐる巻いている。ベテランさんだった。

しかし、どう見てもさすがに体力、筋力ともに俺のほうが上だと思われるのに、同等どころか、何段階も上をいかれてしまうと、おやおや、おだやかじゃないね、となる。

その横では、こんどおれより一回り、いや、二回り若いかもしれない男の子が、壁にしがみついている。腕をぷるぷるいわせてがんばっていたが、途中で断念してズリ落ちていた。

そう、筋力ではないらしいのだ。技術なのだ。

不思議でならなかった。壁をよじ登っていくとは、結局のところ、握力、腕力、背筋力、腹筋、指の力の総合力なのだと頭は考える。だが、現実は違う。

かなりご年配に見える方々も、スイスイと壁を登っていく。そんなバカな。同じ壁をおれは、5秒ととりついていられないというのに。

 

そして、こういうこともあった。

前回どうしてもクリアできなかった壁があって、その日も5−6回チャレンジして、だめだった。退屈になってきていた。つまらない、と思い始めていた。

だが、友人が同じ壁(というか課題)をスイスイと登るのをみて、あ、やっぱりできるはずなんだ、と思い、再度チャンレンジしたら、できたのだ。

できたときには、あれ?こんなに簡単だったっけ?という感じで、筋肉がぷるぷるすることもなく、スイスイーと登れた。ああ、みんなこれをやっているのか。この感じなのか、と感動する。ガッツポーズが出た。にわかに、ああ、楽しいな、これ、と一瞬で気分が反転した。

分析するとこういうことらしい。そのとき、成功したときは、足を手のすぐ下ぐらいにまでひきつけて、そのまま伸び上がるようにして一気に登って難所をクリアしていた。

だが、2度、3度、と同じ課題を登ってみるのだが、不思議なことが起きる。その難所のところにくると、頭は「無理だ」と判断している。だが、しぶしぶ足を手の近くまで高く引きつけ(そこしか足の置き場がないのだが)、つまり、すごく縮こまったカエルみたいなかっこうになって、さあ、ここからどうする、もう動けないぞ、と頭は思うのだが、しょうがないから、はるか頭上に見える(それでもそれが最寄りの)とっかかりに手を伸ばしてみると、なんと届くのだ。もちろん、「手」が届いているのではなく、体全体が伸びることで、手がとどくのだが、体全体を伸ばす時に、バランスを崩して完全に落下すると頭は思うのだが、それが、なぜか落ちないのだ。

何度か成功しても、また頭は、「無理だ」と判断しているところが面白い。4度目くらいになってやっと頭も、「無理だと一瞬おもうけど、実際はできるでしょう」、と言ってくれるようになった。

これ、30分前の俺から見たら、「おまえすげーな」という状況だ。

だから、論理的に考えれば、あの、ご年配の方々がすいすい登っている課題、おれは、その何段階もレベルが下の壁をズリ落ちているのだが、その上のレベルの壁も、いずれは、おれは、踏破する、というのが、なんと、これが、論理的な結論なのだ。

わかるだろうか。まず、ご年配の方々(この、方々というのが大事で、たったひとりなら、スーパーおじさんかもしれないからだ)よりも、俺が体力的に劣るとは考えづらい。また、彼らが、みんな元、山岳スペシャリストだった、ということでもなさそうである。べつにご年配をみなくても、基本、その場にいる人たちは、老若男女、20人ほどいたが、全員、俺より上のレベルの課題をクリアしているのを、おれは目撃している。彼らもおそらく、1〜2年前は素人だったはずだ。

で、そういうふうにみんなができていることを、俺だけができない確率はそれほど高くない。そして、今日、難関だった課題を自分がクリアしてしまったのを考慮にいれると、これと同じことが、これからも続くと考えるのが妥当だ。つまりレベルは少しずつアップしてくだろう。

ということは、その演繹としても、おれも、あの、何段階も上の、現時点の俺からみたら、「絶対にムリ」と思える壁を、数年後には踏破している可能性が高い、ということなのだ。そんなバカな。

もちろん、続けられたら、という条件はつく。飽きてやめてしまったら、そこまでだ。

 

それがとくに難しくもないストレートな論理の帰結なのだが、それでも、彼らを眺めていると、いやーー俺にはムリ、としか思えてこないところが、面白いところだ。

しかし、これは面白い。できない、絶対にムリと思うことが、実はできる。ないと思われる方法が実はある。それを体で探り、体で身につけていく。そういう行為なのだ。

だが、俺はおそらく、飽きてしまうだろう。それは性格なのだ。だが、せめて飽きるまでは、この、頭と現実のギャップを楽しもうと思った。

 

そして、カフェに入ったときのことだ。

新人研修をしているようで、10代とおぼしき女の子が、いろいろ指示を受けている。おそらく初日ぐらいで、水の出し方から指導されている。

横目で見ながら、仕事に集中してたら、ふと、横に誰かが立った。見上げると、その女の子だった。

「お水のおかわりはいかがでしょうか?」

満面の笑みで、文字通り、目がキラキラと輝いていた。(本当に輝くんだ…)

思わず、みとれて、「あ、お願いします」と妙にかしこまって言うことになる。

言い訳ではないが、俺が見とれたのは、その輝きにだ。

好みのタイプというわけではない。だが、ドキっとするほどの、輝きがあった。

それは、フレッシュネスだった。

それは、年齢ではない。若さだけが理由ではない。それは初日、もしかした初めて客に水を注ぐ、そんな瞬間にしか表れ得ない、フレッシュネスなのだと思う。

おそらく、初めてすぎて、調整ができなかったのだ。ビジネススマイルがまだわかっていないのだ。

だから、それが「本物の」笑顔だとは言わない。客用の笑顔には間違いないが、ただ、調整を間違えている。過剰に笑顔を発散してしまった、そういう笑顔なのだ。ちょうどいい頃合いがわからないから、全力で笑顔をつくるしかなかった、そしたらこうなった、という笑顔だった。

僕たちがアイドルを応援したくなるのは、こういう瞬間なのだと思った。

おそらくその子も、あっという間にちょうどいい程度の笑顔を身につけて、感じはいいけど、とくに感動はない、という笑顔を繰り出すようになるのだろう。つまり、輝きは失われる。だが、それでいい、毎日、毎回、輝いていたら、へとへとになってしまうだろう。それは極度の緊張の裏返しであるからだ。

 

昨日、ボルダリングでぼくは、フレッシュな感動を覚えた。30分前まで無理だと思っていた課題を突破することができた。この喜びのことだ。それは課題を突破しただけでなく、無理だと思っていたものを突破したというポイントが加算された喜びだ。それを忘れないためにこのブログを書いた。来週はまだ飽きてないことを祈りながら。。

 

 追伸:

そのカフェでは、2時間ほど仕事をしていたのだが、その間に、その輝きの子が、最初に水を注いでくれた20分後くらいに再度水を注ぎにきた。水は半分ほど残っていて、おれは喉がかわいていなかったが、もちろん、「あ、おねがいします」した。もちろんだ。そして、その20分後にまた輝きがやってきて、水は7割ほど残っていたが、おれが「あ、おねがいします」したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いてもたってもいられない

誰だったか、保坂和志だったか、橋本治だったか、本当にいい文学は、読んだ人を、いてもたってもいられない気持ちにさせる、というようなことを書いていた。

なんだかわからないけど、何かをせずにはいられない気持ちになるということだろう。さっき、前川さんの記者会見をLIVEで見ていたら、あまりに主張が合理的でわかりやすかったので、なんだ、家計学園問題の何が問題なのかってけっこうわかりやすい問題なんじゃないの?と思った。そして、なんだか、すこし、いてもたってもいられない気持ちが芽生えた。少し。

でも、本当はこの記事を書かせたのは、原田知世が歌う、「夢の人」であることは明らかである。この歌を聞いていたら、少し、いてもたってもいられない、気持ちになってきた。

誰かがこの曲を選び、誰かがこのアレンジにしようと決めたのだ。どこかで誰かが、素敵なものをつくろうと知恵と経験をしぼっている。

人間は耽溺できないようにつくられている。

いま、この曲が素晴らしいと思って、浸りこみ、ある気分になれて、ずっとこれを聞いていたい、と思ってリピートしていても、100回も聴く前に、効果が薄れてしまう。あの気分がどこかへ行ってしまう。ただのBGMに近づいていく。

あらゆる幸福の瞬間がそうであるように思う。どの瞬間も、その瞬間にとどまり続けることができないから瞬間なのだ。

人類が5千年くらいだろうか、無数の創造を行ってきたが、まだ究極の一曲は登場していない。万人がこれさえ聞いていれば、ずっと永遠に幸せ、といいような音楽だ。おなじように、究極の小説も、究極の格言も生まれていないと思う。特定のときに、特定の範囲に人に、特定の効果を、特定の時間だけ及ぼすことができるものが、あとからあとからつくられていくばかりなのだ。

天使のようだった子どもも、小生意気な小学生になってしまう。

鏡のなかの自分も、昔の自分ではなくなっている。

今回、勝負ではないが、勝負だとすれば、前川さんの勝ちだ。少なくとも、前川さんの会見を見ていると、なんだか少し、いてもたってもいられなくなるような気がしてきた。安倍さんの会見には、みじんも心が動かなかった。それはもう、負けなのだ。言葉の力の差が歴然としている、とそんなことを思った。

 

映画「メッセージ」を見に行ったという友人が、最後のところで、知らないうちに泣いていたと言った。うらやましかった。それが感動というものだ。僕は涙は出なかった。泣いたから感動ではなく、知らないうちに、というところに嫉妬する。むかし、ある映画のキャッチコピーで、「悲しみは加速する。涙は追いつかない」的なものがあったが、そういうことなのだ。

自覚意識が追いつかずに心が(体がと言ってもいい)が反応している。もう感動している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ププリオのライブ

スペインから来日していた旅のアーティストのライブに先日、行っていた。ギターをパーカッションのように叩いたり、ピアノみたいに弾いたりする変わった奏法だったが、音楽はとても気持ちよくて、ちょっとせつなくて好きな感じだった。

 

気持ちよくてちょっとせつない、この感じ、なつかしいなと思う。この感じは、若い頃の旅でよく味わっていた気がした。

旅の醍醐味は、間違いなく出会いだと思う。人と出会う。それが後々まで続く関係ではなくても、別に人生を変えるようなインパクトを受ける出会いでなくても、いつも出会わないような人と、ふいに出会い、一夜話し込む。たわいのない話し。でも、それがいつまでも思い出される。

出会いと別れ。それも楽しくもせつないものだ。

だが、もう1つの醍醐味があることを思い出す。それは、旅の空というやつだ。なんでもない、次の目的地へ急いでいるときに、ふいに空を見上げる。同じ空だが、見慣れない空で、ああ、ここは異国なんだな、と思う。俺はひとりで今、見知らぬ外国に、佇んでいるんだな、と不思議な気持ちになる。そこに風がふいたり、教会の鐘でもなろうものなら、もう大変だ。今生きているということを、谷川俊太郎ばりに胸打たれることになるのだ。

この旅の空が、プブリオの音楽にはあった。

もちろん、旅をしていなくたって、日常だって本当はそういう瞬間はあるのだけど、心に残る強度みたいなものが違うのかもしれない。

 

何回も書いていることだけど、あのとき、インドはバラナシの土ぼこりの交差点で、今、僕がここにいることは家族も友人も知らない、昨日宿で一緒だった日本人も知らない。今、ここで僕が拉致されても、誰も探しにこれない、家族も探しに来れない、警察も探せない、きっと迷宮入りするんだろうな。と思った瞬間、強烈な実感に襲われた。そして、ああ自由だ、これが自由ってことなんだ、と心のなかで叫びが聞こえた気がした。

少し怖く、心細く、でも、とてつもない開放感が、一瞬間、通り過ぎた。そして、すぐに、クラクションとつちぼこりと牛とガソリンの臭いに取り囲まれている自分に戻っていた。

数ある記憶の中で、なぜあのエピソードがこれほど強く記憶になっているのか、それは脳の研究的には面白いと思う。

なんとなく、まだズレている。

そうか、あれはあの瞬間にしかない、ということを、まだ書いたことがないのかもしれない。あのときのような”自由”は、あの瞬間にしかなかった。同じような状況が数週間続いていたはずなのに、また、同じような”自由”な状況をその後、ほかの異国で何度か体験したはずなのに、あの自由はあのときにしか感じられなかった。

はじめの1回しか、感じられない、自由なのだろうか。

あのとき、俺のなかで、たとえば脳のニューロンのなかで、海馬のなかで、何か特別なことが起きたのだろうか。

ハラ減ったので、飯いってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドアは思考である

ある記憶がふっと蘇る。そして、それとゆるやかに連続して、別の、一見無関係の記憶が浮かび上がる。それは思考ではないのか。

 

昨日、前野 隆司さんの受動意識仮説の講演動画をYouTubeでみていた。とても刺激的な内容だった。意識は意志しない、というような内容だった。意識の前に、脳内の小さな無意識たちが、すでに行動を決定している、それはおそらく民主的に決まるということだった。

 

無意識が、意識に、これを意識せよ、と司令を出すような感じだろうか。司令というと、無意識に意志があるみたいになってしまうが、そうではなく、無意識はただ、騒ぐだけだ。

その騒ぎを聴きつけるのが意識というわけだ。

だとしたら、今日の昼さがりに、ふいに思い出した、父の葬儀でのひとこま、父の遺体を乗せた霊柩車が火葬場に向かうそのせつなに、父の最後の友人だった人が、父の名前を呼び、ありがとう、と叫んだことを、強めの感情的記憶を伴って思い出したのは、無意識がふいに騒いだということなのだろう。なぜ騒いだのか。それは周囲のなにかに刺激をうけたか、連想を受けたか、ただ、周期的に思い出すことになっているそのタイミングが今日だったのかもしれない。

それなら、これはどうだ。

それにつらなって、小林明子の『恋におちて』が聴きたくなって、YouTubeで探して聴いていたら、このうたをとても上手に謳うことができた、いとこが、子どもの時に、祖母の家に毎年集まって遊んだ、七夕まつりのステージで、歌を歌い上げ、大人たちの喝采を浴びる姿を、それを見ていた角度から、見ている感覚をまるごと思い出したのも、それは無意識が騒いだからなのだろうか。だとしたら、そのつながりは、なんだろう。それは、たまたま、神経細胞のつながりが近いところになって、発火の連鎖を受けただけなのかもしれない。が、もう一つ深いレイヤーにある無意識が、騒いだことを、一段浅いレイヤーの無意識が記憶を使って翻訳したということかもしれないではないか。

それはつまり、思考なのだ、といま、少し翻訳脳がいっぱいになって手が仕事の手が止まっている、駅前のタリーズコーヒーで考えているのだ。記憶のドアを次々と空けて、無意識連合は何かを意識に伝えようとしているのではないか? 

いや、その、いくつものドアをくぐり抜けていくことそのものが、無意識連合にとっての思考なのだ、ということを、少し研究してみたいと思ったので、忘れないように書いておくのだ。

 

意識には時間があるが、無意識には時間がない。それは、いつでも時間を越え、あのときに意識をつれていく。ドアを開ける。

 

恋の予感は、もう恋が始まっているということ。手遅れだということ。意識は遅れる。少し鈍いのだ。

 

しかし、と反論が持ち上がる。

やはり、意識の意志というものがあるのではないか、と。

あんたには意志がなかったんだよ、と言われたことがあるからさ。

あるいはそれは、無意識の騒ぎに耳を貸さなかった意識のことを言うのかもしれない。でも、耳を貸さないという意志ではないのか、それは、などと屁理屈が湧いてくる。

 

死者が残してくれた言葉を、予感としてとらえかえせば、それは未来予測であり、おそらくそれは、細く長く潜伏した、確かな意志と言える。

だから、意志はある。それは予感としてやってくるだけだ。