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高校生に囲まれて

図書館を当面の職場と定めてから、毎日、高校生に囲まれています。しかし、頭が下がる。彼らは夕方やってくる。そして、デスクにつくとすぐに教科書をひっぱり出して、もくもくと勉強を始める。現在は夜7時半を回っているが、まだけっこう残っている。おいおい、がんばるなあ。晩御飯は食べたのだろうか?

きっと彼らには目的があるのだ。それはただ、いい大学に受かりたい、とか、テストでいい点数がとりたい、というモノトーンな目標なのかもしれない。あるいは、これこれ大学に入って、これこれを学び立ち、という具体的な夢につながる一本道を見据えているのかもしれない。いずれにせよ、この時間、このデスクにかじりつく時間に先に、何かを見ているのだ。目的をもっているのだ。

僕はといえば、基本的には、来月の生活費を稼ぎたい、ということに尽きる。それは高校生たちの目的とだいぶ異なる気がする。

比べるものではないが、やはり、かれらの真剣な顔を見ていると、どにも気合的には負けている気がしてならないのだ。

ある意味、僕は、すでに手に入れているものを守ろうとしている。世間的には何も手に入れていないが、すくなくとも、ひそやかながら自分の”生活”は手に入れている。それを守る戦いを日々やっているのだ。彼らは、守る戦いではない、はずだ。何かを勝ち取る戦いだ。未来を、自分の未来を、だ。

しかし、くじけないのだろうか? 守る戦いは、ある意味、くじけられない切迫感がある。だが、勝ち取る戦いは、、、

しかし、自分が高校生だったときのことを思えば、それは、守る戦いにも似ていた気もする。それ以外の選択肢を思いつかないから、勉強していた。それ以外に未来につながる道が見えていなかった。選択していないという意味において、それは守る戦いだったのかもしれない。

 

今日、はじめていく歯医者にいった。とても後悔した。はじめは。だって、虫歯を金属の例の棒で、ずぶずぶと突き刺しやがった! ここ、ここね、ここに虫歯あるね、と言いながら、ズブズブ。いてえよ! わかってるから突き刺すな! それから、例のウイーンというやつも荒い。つまり痛い痛い。おかげで舌がピーンと硬直しちゃって、マシンに触れちゃって、血が出た。おいおい、これをヤブ医者っていうんじゃないのか? こんな歯医者を紹介した友人を恨んだ。もう二度と来ない、早く終わってくれ。

しかし、気がつけば、わずか15分くらいで、2本の虫歯の治療が終わっていた。あれ? 4回位かかるつもりだったんだけど。。。

本当に終わったのかな。。まだ経過を見守る必要があるが、本当にこれで終わって無事にいくのであれば、もしかして、凄腕の歯医者なのかもしれない。。とりあえず、もう1回位お世話になってみてもいいかも。。

なんてことがあって。

俺と話したくてしょうがないらしく、よく電話してくる5歳のめいに、今日は非常に珍しく、というか、ほとんど始めて、こちらから電話してみた。お天気もよく、すこしいい気分になっていたからだ。そしたら、何?といって、不機嫌な声で出た。いや、電話をかけてみただけなんだけど、、、というと、あっそ、じゃバイバイ!と言って切られてしまった。。。

どうなっているんだ? いつまでも、なつかれているとおもっていると、子どもの成長は早い。悲しい目にもあうということなのだろうか。、

そのあと親に電話して、ことの顛末を話して、そのまえにオレオレ詐欺じゃないことの確認の質問にあれこれ答えて、姪っ子の顛末を訴えたら、きっと好きなテレビでも見てたんだよ、となぐさめられたりした。

守る戦いはときとして、とんでもなく苦しいことがある。

守っているものを失ったら、とんでもない事態になるんじゃないかと思ってしまうからだ。そうとしか思えないからだ。

いちおう言っとくと、今話しいるのは俺のことじゃない。いま、そんなに苦しくない。

本当は手放せるものを、手放せないと思い込んだとき、守る戦いはとんでもなく、絶望的なものになるだろう。

手放して、失うものは何か。それは手放してみないとわからない。

そういうことをくり返していくことが、年令を重ねるということであると思いたい。

 

先週、スーパーカーというバンドを”発見”して、好きになった。周りに聞くと、超有名なバンドだったということだ。でも、僕は、それを、YouTubeで”発見”したのだ。新しい音楽を好きになれた、そのことは何かとてもいいことだという気がした。

吉福さんのトークの会に行ったときのこと。トークおわりに、みんなで居酒屋にいったとき、夜になっていたが、季節はおそらく春か秋か、もうかなり暖かい、まだかなり暖かいという気功。居酒屋に降りる階段のところで、吉福さんが寒い、寒いといって体をこすっていたので、僕は笑って、ぜんぜん寒くないですよ!と言ったら、吉福さんが、僕は寒いの!と笑って、でも強めに返してきた。このやりとりが、ときどき、ふと頭に浮かぶ。寒いか暑いか、それはまったく個人的な問題で、寒がっている人に、寒くないはずだ、と言うことは、明らかにおかしいことなんだ、とそのとき、指摘された気がした。

もちろん、一緒にいる部屋のエアコンを切るか切らないか、みたいに利害が対立したら話は別だけどね。でも、そうでないなら、誰だって勝手に寒がって体をこする権利は絶対にあるはずだ、ということね。

おそらく哲学とは、自分を含む自分たちが立っている基盤をゆるがし、亀裂を生じさせることで、次世代が生きるための地盤を準備する。そんな行為なのだと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニューサイエンス

久しぶりに哲学の会に参加した。

図書館で集めてきた吉福さんの記事のコピーを編集者に渡した。無事、本になるといいなあ。しかし、こういう作業は嫌いじゃないかもしれない。今回の記事集めを通して、吉福さんが何をやろうとしていたのかが、わりとわかった気がした。

最初の方は、いわゆるニューサイエンスを日本に紹介しようとしていたようだ。そういえば、ぼくも100匹目のサルだとか、そういうことにすごく関心があったときがある。それは今、かなり薄れている。どうしたのだろう。

そういえば、思い出す。学生時代、ぼくは地球科学科というところにいて、地球のことに関心があった。そのとき、ガイア理論について書かれた本を持っていたのを覚えている。地球を1つの生命体としてとらえるものだ。そのころは、もちろん、吉福さんもニューエイジも何も知らない。

そういえば、当時、波動の科学、みたいな本を書店で買ったのも覚えている。今思えば、ニューサイエンスに属する本だと思う。だから、特に意識もしないうちから、そっちのケがあったということだ。

そういえば、大学一年で学科を選ぶとき、ぼんやりとこんなことを考えていたのを覚えている。鉱物を含めて、生命や物質には、なんらかのまだ知らない法則、あるいは神秘が隠されているのではないか?そういうことを解き明かしてみたい、みたいな感じ。

真剣な気持ちではなかったが、この世、この宇宙がどこか不思議な秘密があって、自分はまだそれを知らないのだ、という感覚があった気がする。18歳のときだ。

だから、多少怪しいことも含めて、なんでもできそうな地球科学科に進んだのだ。だが、結局、大学では何もしていない。

でも、自分にはもともとそういうところがあったことを、今、思い出している。

もうあのころから、吉福さんとの接点は始まっていたのだ。

だが、悲しいのか、なんなのか、今の僕は、もうあんまりそうした神秘に関心をいだいていないようなのだ。

もう、そうした本を開いても、わくわくしない。

脳天気な学者もいたもんだな、ぐらいにしか思わなくなっている。

でも、どこかで、イライラした気持ちがあって、どうして、こうした神秘をもっとちゃんとした学問にしてくれなかったのか、できなかったのか、と先人と、自分にイラだつような感覚もなぜだか、ある。

その間にも科学は着実と進歩した。イーロン・マスクが火星に行こうとしている。iPS細胞で再生医療が実現しようとしている。人工知能が碁のチャンピオンを打ち負かした。科学とテクノロジーは、びっくりするスピードで進んでいる。

でも、あのとき、18歳のぼくが感じた、心の奥がわくわくするような科学は、完全に撤退してしまったようだ。

 

たとえばこういうことなのだ。人工知能の発展、と聞くと、ぼくはどこか緊張する。それはぼくから仕事を奪うかもしれない。人間としての自由や尊厳を奪うかもしれない。火星にロケットがいく。手放しでは喜べない。また火星を取り合う戦争が起きるかもしれない。というか、火星に住みたいとは思わない。

そういうことよりも、宇宙と自分が一体であることが、心の底から腑に落ちるような、そんな科学が出てくるのかな、と期待していたのだろう。心細い生き物だ。これでいいんだ、絶対に大丈夫だ、という確信が欲しい。

ぼくはニューサイエンスにもニューエイジにも遅れて、そのリアルタイムの盛り上がりを享受していない。LSDにも、ラブ&ピースにも、バブルにさえも遅れてしまった。

青春時代をラブ&ピースのなかで過ごした人たちは、おじさん、おばさんになっても、たとえビジネスで成功していても、隠れヒッピーのように、通底する思想を共有するという。ジョブズもそうだったのかもしれないが、そういうことがうらやましい。

もう、ニューエイジにも、ニューサイエンスにも、トランスパーソナルにも乗れない。夢を見させてくれるものは、もうないのか。

残念な傾向をもった人間として、生きていくことになりそうなのが、なんとも悔しい。

18歳のぼくも、なんだかんだいって、時代の空気を吸っていたのかもしれない。

そういえば、そのあと、新宿にたむろしていたというヒッピー集団「部族」というものに関心をもち、ずっと調べていたこともあった。24−5歳のころである。当然、吉福さんとは出会っていない。

結局、そういう傾向がぼくにはあったのだ。残念なことに。。

最初にいった海外旅行がインドだった。そう、そういうことなのだ。

だが、もうヒッピーに夢を見ることができなかった。

かわりになるものも見つからなかった。

だから、こんなふうに今、しているのだ。

もうどうでもいい、ただ、なんとか生きていこうというだけなのだ。

この傾向を抱えて。

だが、それだけではない。僕の中には両面がある。ヤッピーの傾向だってしっかりあるのだ。

おっと、自分のことを書くつもりじゃなかった。

昨日、哲学の会に行って、存在論のことを考えていた。

哲学のパラドクスとは、ぼくにとっては、不可思議な知的ゲームに、すぎない。

あれれ、考えても、考えても、よくわからない。不思議だね、という。でも、そんなのとまったく関係ないところで、生活を営むことが完璧にできる。

でも、そうじゃない人もいる。パラドクスにとりつかれ、パラドクスの解決に生涯をささがてしまった人がいる。

哲学のパラドクスがそれほどまでに自分の問題にある、抜き差しならない、切実な問題になるとは、どういうことなのだろう。それはいったいどういうことなのだ、そこには関心を向けることができるかもしれない、と昨日、思った。

それは自分にヒントをくれるかもしれない。

そう、結局は、自分のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3人の美女

昨日は、また別の駅に行ってみた。女性に人気だという中央線のとある駅だ。ぼくはいつも、はじめていく場所では、イヤホンをはずす。というか、ふだん、電車にのるときはだいたい、音楽を聞いている。音楽を聞かないと、スマホでニュースをいじり倒すことになる。

昨日は、斉藤和義を聴きながら、駅に降り立った。改札が見えたのでイヤホンをはずす。この第一印象がすべてだ。改札を出た瞬間の印象で、その駅が好きかどうか、だいたいわかる。ここに住みたいのかがわかる。

さて、ここは。おっと、天気がいいのもあってか、さわやかな風が通り抜けた気がした。北口と南口があって、南口が少し賑やかだが、北口には通りにそって緑の木々が見える。好きかもしれない。

学生たちが通り過ぎる。元気だ。

駅前のスタバに入る。なんとか席もあいていた。

8人がけの大テーブルでは、半分くらいの人がパソコンを開いている。隣の人は、小説を書いているのか、原稿らしきものを見ながら、パソコンに打ち込んでいる。逆のとなりの人は、すごい勢いでタイプしている。本当にすごい勢いだ。ずっとだ。こんなスピードでできる仕事があるのだろうか?

ぼくもパソコンを開く。気がつくと、ぼくのタイプもいつもの5割増しぐらいになっていた。となりにつられているのだ。生産性が上がっている気がしてしまう。

2バースを終え(1バースは1時間)、散歩をすることに。商店街があったので歩く。普通の商店街だ。でも賑やかだ。賑やかなのはいい。賑やかなだけで、歩いている時間が気にならなくなる。気がつくと、商店街を抜けていた。

しかし、ひとつ気になるのは、どうも人びとの表情が暗いような気がすることだ。ここは人気の駅でもあって、住んでいるのはみんな、それなりにお金があるというか、少なくとも極貧のひとたちではないはずだが、どこか、生活に疲れたような顔をよく見た気がした。

うーん、ちょっと思ってたのと違うのかな? いや、これが現代東京のスタンダードなのかな?などと思う。

もちろん、通り過ぎる高校生たちは元気にはじけていたし、小学生たちは、なぞの遊びをして、大声を出していた。

いろいろ歩き回って、気がつけば、夕方近くになっていたので、そろそろ帰ろうと思うが、そのまえの1バース仕事をすることにする。また駅前の別のカフェに。安いが、コーヒーがまずい。

となりの席で男の人ふたりが何やら熱く議論している。イヤホンごしにも聞こえてくる。どうやら、テレビドラマかアニメかだかの、脚本の話し合いをしているようだ!にわかに興味をひかれて、聞き耳をたてるが、なんのどういう物語なのだが、ちっとも把握できなかった。

でも、こういう話し合いがとなりの席で行われていた、ということだけでも、この街のポイントは僕の中で急上昇した。

そして、帰り。改札へむかうとき、そろそろ会社帰りの人が降りてくる時間帯。駅は早歩きの人びとで混雑。人をかわしながら、歩く。東京に来て間もないので、ぼくの人をかわす技術がまだ追いつかない。なんどもぶつかりそうになる。

しかし、しかし、駅の敷地に入って改札を抜けるまでのわずか数十メートルで、3人もきれいな女の人とすれちがってしまった。

やっぱレベル高えかも。

これは今度は夜に来なければならない、そう思いしめて、街をあとにした。

夜、かっぱえびせんを一袋たべてしまった。

朝、胃もたれで後悔している。

 

 

 

 

 

 

駅巡り

 Facebookで2012年の今日、なにしてた、みたいな写真が出てきた。バリ島にいたらしい。

5年前、バリ島におりたったとき、朝起きてすぐに海を見にいった。観光客のいない海で、びっくりするくらい静かで、風の音だけがかすかにそよいでいた。空があまりにも青くて、広くて、昨日までの喧騒が遠い過去のように思えた。どうしてこんなところにいるんだろう。

逆に、どうしてあんな騒がしい場所にいたんだろう、と日本での生活を思ったりした。ここで、この静けさを基盤としながら、作戦を建てよう。人生を立て直そう、みんなも呼ぼう、楽しく生きられる作戦会議をしよう、そんなことを考えた。

5年後、ぼくは最も騒がしい街東京に舞い戻っていた。どうしてこうなったんだろう、あの旅は、あの逃避行はなんだったんだろう、あのとき、作戦はたてられたのだろうか? 

クタの朝、バイクを走らせて海へ向かうとき、今日の波はどんなだろう?と胸踊らせているとき。バリの空は青すぎる、と感動しているとき、あるとき、今、死んだって、そんなに後悔しないな、とそこまで思った日もあった。

だけど、ぼくは東京にいる。いったいどういうことだ。なんでまた、逃げ出したはずの場所にもどって、それでもなぜか、ほっとしたような気持ちになっている。

春だからだろうか。今日、ふと一瞬、この春がずっと続けばいいのに、と思った。梅雨も夏もこないで、このお天気で、おだやかな、この春がずっと続いて、ぼくはいろいろな場所にでかけて、1日1つ、小さな新しいことがあって、1週間に1人、新しい出会いがあって、そんなふうな暮らしを、あと何年もできたらいい、みたいに思った。

だけどそれは、ぼくが目と肌だけでできていたら、という話だ。ぼくには身体も見られる顔もあり、それには、時間が刻まれていく。

だけど、ふと、降りたことがない駅で降りてみようと思って降りた。駅前のスタバに寄る。とても気持ちがいい空間で、客たちも思い思いのことをして過ごしていた。

昨日は、別の駅前で、カフェ探しに難儀し、結局入ったパン屋付属のカフェで、狭い席に体を押し込みながら、なんだか周囲の人たちがトゲトゲしているような気がして落ち着かず、早々に席をたってしまったのとくらべて、ずいぶん違う。昨日の駅と今日の駅は、3つくらいしか離れていないのに。

おそらくは密度だろう。昨日の駅は密度が高かった。住宅街として古くから開け、駅ビルも古びていた。高齢者も多かった。さびれているのに飽和している、ふしぎな街だった。

今日の駅は新興住宅地で、駅の周囲以外は、突然なにもなくなるような、家しかなくなるような、そんな場所だったが、新しく越してくる人ばかりだからなのだろうか、駅ビルができたばかりだからなのだろうか、新鮮な風が吹き抜けている気がした。

しかしぼくの発現無意識は、どうなっているのだろう。

ちっとも引っ張ってくれていない。早くぼくを大人に、大人を越えたもっと大人にしてくれないか。ぼくという生命体が必要とする成長を、DNAと呼応しながら、準備し、遂行してくれなければ困る。

ぼくは発現無意識のよどみのうずにつかまって、回転しつづけているのかもしれない。

引きにはついていくつもりだ、だから、引きを、引きを!

そんなことを言いながらも、それとなく予定ができて、人と会うことになる、やっぱり東京は、東京だ。

 

春をうれしんで

春になって、やっぱり東京に出てきた。

5年前に東京を出たときと、そのまま接続されたような日々が始まった。面白いもので、5年前に東京を出たあと、一年ぶりに東京を訪れたとき、そしてかつて住んでいた街を歩いたとき、ああ、もう懐かしくない、ここはぼくの居場所ではなくなったんだ、と、知っているのに知らない街のような、違和感を感じた。その翌年、また短期で訪れたときも、知ってるけど親近感の湧かない街になっていることを確認した。

なのに。

今は、本格的に住むのは5年ぶりなのに、街が、5年前とちっとも変わっていないような気がする。5年前と同じ大道芸人、5年前と同じ店を見つける。そうそう、こんな感じ、こんな道、馴染みの場所に帰ってきた気分で歩いた。ゲンキンなものだ。

ということは、やっぱり、しばらくこの街にいるつもりなのかもしれない。

 

最近、理由があって古い雑誌を調べ回っていた。そのなかに、1976年の別冊宝島がある。植草甚一が監修している。植草甚一、面白い人だったらしい。少し調べた。趣味人で、古本屋を巡り、毎日大量の本屋ざ雑貨を買って帰ったという。

いろいろな雑誌を手に取ったが、なぜか、この宝島だけが、輝いていた。編集部の想い、若さ、希望、みたいなものが伝わってくる気がした。この時代のこの編集部に遊びに行きたいと思った。若さの良さのひとつは、世の中の未来、自分の未来に、やはり明るい、いささか誇大妄想的かもしれないが、やはり希望をいだいていることだ。抱かずにはいられない年頃なんだと思う。

俺達が世の中を変えられるかもしれない。たとえ小さな変化でも、大きな流れにつながる一石を投じることができるかもしれない。そんな思いが伝わってくる。

そして、いまも、そんな若者がたくさん、たくさん、何かを企み、もがいているのだ。

井の頭どおりを歩いていると、そんな若者かもしれない若者たちが歩いている。駅へ向かっていくと、コンビニから、まだ10代かもしれない女の子が出てきた。すました感じで当たりを見回し、つとつとと歩いていく。この春上京したのかもしれない。鼻先が少し上を向いている、つまりは街の匂いをかいでいる。その目に表れているのは、好奇心であり、小躍りする心であるように、映った。

ほほえましい。だが、わからない。どんな人だって、どんな年齢だって、それなりの、なにかを背負って、それなりの事情を抱えていたりする。だから、勝手なイメージにすぎない。

だが、わかっている。今、春を春として楽しもうという気分で少しでもいられるのは、移動したばかりだからだ。もうしばらくすると、日々の現実、というか、前々からの悩み、課題で頭がいっぱいになって、周囲が見れなくなる。街の匂いがかげなくなる。それはわかっている。お酒もまずくなる。わかっている。今だけだ。

何らかの移動を起こし続けること。それが春を春として言祝ぐことができる条件なのかもしれない。おれの場合。

中央へ、東京の中心部へ攻め上がろう、とふんどしをしめる気持ちで出てきたのだが、最近お気に入りの場所は、都心とは逆方向に電車で15分ほどいった図書館である。新築のようにきれいで光もいっぱい、気持ちいい。学生たちが遅くまで勉強しているのも刺激になる。併設のカフェコーナーでまったりしながら、果たしてこれでよかったのか、と心配になった。都心のコワーキングスペースを借りるんじゃなかったのか。

まあいい、まだ4月だ。5月になったら考えよう。ただし、動き回るなら、梅雨がくるまでに、だ。

ぼくは考え込んでいた。吉福さんから何を継承すればいいのだろう。真似はできないし、真似したくないところもいっぱいある。だけど、なにかは継承したい。あんまり重いものは困る。おれはそんなに強くない。

夕方、姪っ子から着信が。とれなかったので、電話をかけ直した。つながる。姪っ子が出る。声が聴こえる。こども独特の、平板な、明るい声だ。もしもし、あれ?あれ?と言っている。どうやら、こっちの声が聞こえていないようだ。姪っ子の母が受話器を変わり、すぐに切ってしまった。大人はこれだからいやだ。

結局、ぼくの携帯はインターネット電話をつかっているので、うまくつながらなかったということだ。でもこの一方通行の電話で、元気が注入された気がした。ぼくがどんな壁にどう悩んでいようと、5歳の姪っ子は知ったことではないのだ!

 

夕方のパンとおにぎりで終えたはずの晩飯が、どこかものたりなく、結局、コンビニで、ラーメンサラダなるものを買ってしまった。何か土産がないと家に帰りたくないのだろう。そしてそれは、意外とうまかった。明日も買ってみようかなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コングレス未来学会議

映画『コングレス未来学会議』を見た。ラストシーンが過ぎ、エンドロールが流れたとき、悲しくなって少し涙が出て、見たことを後悔する気持ちになった。

よく知っている感情ではない感情を突然、感じさせられた感じがした。

おいおい、やめてくれよ、こんなのは。。

 

僕は悪夢をめったに見ないのだが、最近、2度ほど見たつらい夢は、自分に娘がいて、自分はもうあまり長くないことがわかっていて、ああ、この子とそう長くは一緒にいられないのだ、と突然のように気づいて、この子が大人になるところを見届けることができないのだと気づいて、とても苦しくなって、そこで目が覚める、という悪夢なのだが、その夢を見たときも、おいおい、独身の俺にそんな夢を見せるんじゃない、どういういやがらせなんだ、と夢の神様を呪ったものだが、それに近いような悪夢だった。

 

それは醒めることが許されない悪夢だから悪夢なのだ。夢から醒めても、ああ、夢でよかった、と一瞬は思うことができたが、でも、それが夢ではないことが心のどこかに響いていて、それは自分の現実はかけ離れてはいるのだけど、自分は関係ないとは全然思えず、どのような形であれ、その夢のような気持ちに現実になる日がくるのではないか、と思わせる、そんな夢ではあった。

 

コングレス未来会議は、もちろん、そういう映画ではない。もっと複雑で、あらすじさえ簡単には語れないような、多層的な不思議な映画だ。

この映画が教えてくれるようなことは、5年に一度くらい教えてもらえれば十分だという気がする。

 

悲しみを乗り越えたと思っていたら、それはただ、悲しみとの接続をあいまいにしたというだけのことなのかもしれない。

みたいなことを翌日になってもつらつらと考えさせてしまう、映画だった。だから、見て同じ目にあって欲しい。ような、あまりおススメできないような、そんな不思議な映画だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都ポテンシャル高い

ポケモンGOのせいで満杯になるかと思われた、オレのオフィス、マクドナルドが、そうなることもなく、遅めの午後からはいつも空いている。

 

京都の四条には、オフィスとしか言いようのない最強のカフェ、モスカフェ、がある。広くて、電源席がたくさんある。女の人がひとりできて、なにやらパソコン作業や、勉強をしているのが目立つ。店員はみんな学生のようで、ういういしく、丁寧だ。いいカフェだ。ただ、なぜかほぼ毎日、電源席におかしなおじさんがいて、イヤホンで音楽を聞きながら、机をピアノに見立ててバンバン叩きだしたりして、うざかった。。いっちゃってる目をしていた。きっと、なんかの人生の袋小路にハマり込んでしまったのだろうが、仕事しに来てる身からすると、迷惑でしかなかった。

 

でも、結局、そういうのが気になるってのは、こっちもテンパってることを意味するんだと思った。集中しなきゃ、仕事を片付けなきゃ、と常にせかされるような気持ちでいるから、寛容ではなくなっているのだ。という面もあるだろう、というくらいだが。

 

そして、最強においしいコーヒーショップを発見した。三条の小川珈琲だ。全国で何店舗か展開しているチェーンのようだが、ここのハンドドリップコーヒーはひさしぶりに、「うまいなー」と声を出してしまうほどうまかった。だが、たまたまとか、京都だからおいしく感じた、ということもある。日をおいて、再度訪問してみた。すると、「やっぱりうめ〜」と声を出してしまった。クリアな味だ。雑味がない。でもコクがある。思わずコーヒー豆を購入。だが、きっと豆もさることながら、淹れ方なのだろう。淹れ方でやっぱり味変わるんだな〜ともう一度コーヒーを勉強したい気持ちが湧いてきた。

 

そして、京都には最強のスターバックス三条大橋店もある。まず、「床」がある。高いお金を出さないと座れないと思っていた床に、コーヒー一杯で座れてしまう。鴨川ぞいで気持ちいい。おれはと言えば、パソコンをするので、地下に行く。地下は広々としていて、たいてい座れる。電源はないが、まあそこはOK。ここは地下なのだが、ガラス張りの目の前が鴨川になっている。地下といいながら、一階みたいな感じだ。だから開放感もある。そして、この三条大橋店は大人気店で、お客がひっきりなしに入ってくるのだが、目の前が鴨川だけに、天気がよいとみんなテイクアウトしていくのだ。鴨川沿いに座って語らうのだろう。そりゃあ気持ちいいさ。だから、いつ行っても、座れないということがない。んーーーすごい便利。店員がこれまた、全員礼儀正しくて気持ちいい。なんだかすごい。

ということで、京都の街としてのポテンシャル高いな‐。と驚いていた。名古屋は完全に負けてる。いろいろ勝負になってない。悔しいね。

 

でも、京都の本当にすごいのは、もちろん、お寺やなんやの歴史ある観光名所だ。そういうところを抜きにして、街としての機能だけでも、かなり過ごしやすいというこの実力だ。そして、もうひとつ、外国人を含め、観光客がそこらじゅうにぶらぶらしている。そのことで、なんだか気持ちが開放される。そういう効果もある。

 

ただ、海がない、とか、湿度が高い、とか、いまいちなところもあるけどね。

でも、京都やっぱりすげえ、というのが久しぶりに訪れた感想でした。