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コングレス未来学会議

映画『コングレス未来学会議』を見た。ラストシーンが過ぎ、エンドロールが流れたとき、悲しくなって少し涙が出て、見たことを後悔する気持ちになった。

よく知っている感情ではない感情を突然、感じさせられた感じがした。

おいおい、やめてくれよ、こんなのは。。

 

僕は悪夢をめったに見ないのだが、最近、2度ほど見たつらい夢は、自分に娘がいて、自分はもうあまり長くないことがわかっていて、ああ、この子とそう長くは一緒にいられないのだ、と突然のように気づいて、この子が大人になるところを見届けることができないのだと気づいて、とても苦しくなって、そこで目が覚める、という悪夢なのだが、その夢を見たときも、おいおい、独身の俺にそんな夢を見せるんじゃない、どういういやがらせなんだ、と夢の神様を呪ったものだが、それに近いような悪夢だった。

 

それは醒めることが許されない悪夢だから悪夢なのだ。夢から醒めても、ああ、夢でよかった、と一瞬は思うことができたが、でも、それが夢ではないことが心のどこかに響いていて、それは自分の現実はかけ離れてはいるのだけど、自分は関係ないとは全然思えず、どのような形であれ、その夢のような気持ちに現実になる日がくるのではないか、と思わせる、そんな夢ではあった。

 

コングレス未来会議は、もちろん、そういう映画ではない。もっと複雑で、あらすじさえ簡単には語れないような、多層的な不思議な映画だ。

この映画が教えてくれるようなことは、5年に一度くらい教えてもらえれば十分だという気がする。

 

悲しみを乗り越えたと思っていたら、それはただ、悲しみとの接続をあいまいにしたというだけのことなのかもしれない。

みたいなことを翌日になってもつらつらと考えさせてしまう、映画だった。だから、見て同じ目にあって欲しい。ような、あまりおススメできないような、そんな不思議な映画だった。