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核先制不使用

新聞を読んでいたら、オバマ大統領が導入を検討している核先制不使用政策に対して、安倍総理が「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として反対の意向を伝えた、と書かれていた。

 

これを読んだとき、ざわざわっとした。安倍首相の言い分がわからないでもない、と感じてしまったからだ。

 

この話題はいったんおいといて、NHKで、原爆投下を指示した大統領と言われている、トールーマンのことをやっていた。米国に散在している文献を調査し、原爆投下にいたる過程に、具体的に誰がどんな話し合いをして、どう決定されたのかを探ろうという企画だった。結果、意外なことが判明する。原爆投下を指示した悪魔の大統領だと思っていたトルーマンは、実は、この新型爆弾により、一般市民、女性や子どもが犠牲になることのないようにしなければ、と投下を決める前の日記に書いているのだ。トルーマンは新型爆弾の威力は承知していた。だが、それを一般市民の頭の上に落とそうとはよもや考えていなかったらしいのだ。そんなことをすれば、ヒトラーと同じ虐殺者として糾弾されるだろう、とまで日記に書いている。

ならばなぜ広島、長崎に原爆が落とされたのか? それは、トルーマンが軍にだまされたからだという。軍は原爆を都市に落としてその威力を確かめたかった。軍の計画には、投下先として京都さえ入っていた。というか、むしろ京都の落としたいと考えていた。京都は知的レベルが高い人が多いから、新型爆弾の意味を理解するだろう。そのほうが戦争終結が早まる、という理屈だった。それを、トルーマンが、京都はだめだ、と却下する。そこで軍は、広島は巨大軍事都市であって、市井の民が暮らしている場所ではないとトルーマンに信じこませ、投下許可をとりつける。かくして、広島に原爆が落とされた、という筋書きらしい。

広島、長崎、と原爆が落とされ、その結果の現実を知ったトルーマンは、「より多くの命を救うために原爆が投下された」というロジックを口にするようになる。そして、生涯その主張を通した。アメリカ国民もその主張を自分のものとした。

トルーマンはそう信じこまなければ、精神がもたなかったのかもしれない。軍の最高司令官である自分の責任の元で、数万人を一瞬にして殺してしまう、兵器を使用してしまったのだ。それも一般市民、女子供の頭の上に。

そして、おなじ理由で、アメリカ中がトルーマンの理屈を信じ込もうとし、信じこんでいったのだろう。

そして、ぼくがこの番組で一番印象的だったのは、被爆者の1人に、記者が、トルーマンは本当は市民の上に原爆を落としたくなかったらしいですよ、と伝えたシーンだ。トルーマンが自分でそう書いている文書を見た被爆者は、言葉につまって沈黙した。

その数秒、あるいは数十秒の沈黙が、胸に来るものがあった。

そのとき、彼の中で何が起きていたのか。

おそらくであるが、ずっと憎しみの的としてきたであろうトルーマンが、実は、そんな悪魔じゃなかったと知って、何か芯のようなものが揺れてしまったのではなかろうか。じゃあ、だれを憎めばいい?軍か? でも軍は、戦争に勝とうとするだけのマシーンみたいなものだ。人間的な判断をするのは大統領の責任である。

ぼくは恐ろしいと思った。だれも本気でそれを意図しなかったのに、原爆が落とされたのだとしたら、、だれもその悪魔性を引き受ける人間がいないのだとしたら。

原爆を投下した乗組員は、軍の命令に従って作戦を遂行しただけだと語っていた。それを完璧にやり遂げたのだと。それは、そのとおりだろう。

ホローコースにヒトラーがいなかったら、世界はあの「事件」をどう受け止めることができただろうか。

おそろしいなーー。寒気がした。それは、もしかしたらそっちが実態なんじゃないか、って気がしたからだ。ヒトラーが悪魔的な願望を持っていて、人心を操ってそれを実行した。それも十分におろそしいが、ヒトラーがいなくても、似たようなことが起きていた可能性があるとしたら・・・

 

でも、日本人にとって本当に恐ろしいのは、日本の加害性の実態なのだろう。もう時間がずいぶんたったので、事実がどうなのかはわからないかもしれない。でも、ぼくの心の奥でいやーな感じをたまに引き起こすのは、それだ。

もう書いているだけでいやな気持になる。誰かと議論したいとも思わない。だから、これを読んで嫌な気持ちになった人がいたとしたら、申し訳ない。とりま消さないけどね。

 

ということで、やっぱり戦争を語るのは難しい。感情がどうしてもけばだってくる。でも、戦後のさらに後で生まれたぼくでさえ、どこか心に食い込まれている気がしてならず、たまに戦争関連の本など読んでみたりする。

結局、戦争ってなんなのか、よくわからないのだ。