INGRESSを始めた、面白いやら、がっかりやら

前回、歩くことについて書いたからだろうか。INGRESSというゲームをいませっせとやっている。GoogleがつくっているGPSを利用した陣取りゲームだ。

 

なんとなく存在は知っていたが、ゲームはほとんどしないので、スルーしていた。でも、なんとなく気になってインストールしてみた。このゲームを始めてすごく歩くようになったという報告かなんかを見たからだと思う。

最初の3日くらいは何のことだかわからなかったが、コツがつかめてくると、次のポータルへ行かざるをえなくなって、結果、よく歩くようになった。

不思議なもので、それまでは、近くの書店まで往復3キロの道のりがけっこうな遠出で、出かけるのに気合が必要だったものが、最近では、その書店からさらにどこへ行こうか、的な発想に変わってきている。つまり、たくさん歩くようになった。

それまでは、一日30分以上歩くといい、とテレビでやっているのを親が見て、あんたは運動不足だから歩きなさい、30分歩きなさい、と言われていながら、いざ歩いてみると30分ってけっこう長い、よく歩いたと思ってもまだ15分、みたいな感じだったのが、昨今では、といってもまだ一週間程度だが、おっときづいたら90分、みたいな感じになっている。

まさか歩く時間が長すぎるのを気にするときが来るとは思っていなかった。あんまり長く歩くと仕事にさしつかえる、という気持ちが湧いている自分に驚く。

あれだけ歩くのに苦労していたのに。

とはいえ、飽きっぽい僕のことだから、一ヶ月も続くのか怪しいものではあるが、歩くことが義務から権利に変わったような斬新さがあった。

つまりは、INGRESSは面白いということなのだ。

そして、なーんだ、とがっかりする気持ちも湧いている。

自分に、である。

運動して健康になるんだ、という固い意志は5日と続かないのに、ゲームとなると、あっという間に10日はつづく。なんだよ、意志弱いくせに、ゲームには簡単にハメられて。。

だけど、あれ、デジャブ、とも思う。

そう、サーフィンを始めた時に思ったこと。

サーフィンをやるまで、海に入るのが嫌いだった。

べたべたするし、なにより、波に酔うのだ。海水浴にいってちょっと深いところで遊んでいると、1時間もしないうちに気分が悪くなる。

もう寝ていたい、となる。そもそも、泳ぐこと自体も好きじゃない。

ということで、大人になってから海水浴など行かなくなって久しい。

ところが、サーフィンという遊びを覚えたら、海が好きでたまらなくなった。

海があると入りたくてたまらない。もちろんサーフボードを持って。

今は(海が遠くて)やらなくなってしまったのだが、やっているときは、海を見ただけでよだれが出るような気持ちだった。あのスリルと快感を早く味わいてー。

 

おわかりいただけると思う。そういうことは人生によくある気がする。

遊べるとなると様相が一変する。ゲーム的な快感なんて、しょせんは低級な快感、せつなの快感なのだろうが、それに俺はこんなにも弱い。

まだ、ビデオゲームじゃないだけいい、そう言い聞かせて今日もスマホ片手に歩き出す。これは健康のために自分をだましているんだ、ゲームにあえてはまっているんだ、と言い訳をして。

あれほど散歩しなさい、歩きなさい、少しは運動しなさい、と口をすっぱくしていた親が、最近などは俺が出かけようとすると苦虫をかんだような顔をする。あんまり歩いてばかりおったらいかんがね、仕事できんがね。

いや、仕事の時間は前から変わってないよ、という事実を簡潔に述べて、すまなさそうに玄関を出る。

なんで歩くのにこんな罪悪感をもたなくちゃいけないんだ。と思いながら。

いつまで続くかわからないが、続いたほうが健康に間違いなくいいとは思う。それがゲームだとしても、その時間の95%はただ歩いているのだから。(5%は立ち止まってスマホをいじっている)

ゲーミフィケーションというらしい。やるべきことをゲーム化して、生産性をあげることを言う。僕は簡単にゲーミフィケーションされてしまうようだ。

だが、Ingressの思想には共感するところがないではない。ゲーム化することで、ふだん完全に飽きていた近所というものが、割りと楽しい遊び場になったのだ。そして、近所の神社や公園にやたら詳しくなっている。ふだん、散歩といいながら目的地との往復しかしていなかったんだ。知らない場所がたくさんあった。

歩いている最中、ぼくの意識の中心にはゲームがある。だが、周辺の意識では、自然と目に入ってくる風景や建物、人びとの営みを追っている。あるときふと思った。あれ、こんな雰囲気のいい道があったんだ、天気もいいし、こんなイヤホンなんかはずして、周囲の環境音を楽しもうじゃないか! イヤホンをはずす。音が流れ込んでくる。遠くの子どもたちの歓声、飛行機雲が伸びていく音、自動車、風で木々がさらさらと音をたてる。ああ、気持ちいい。

だが、だが、しかし。5分もするとすぐに飽きてしまって、たいくつないつもの地元に早変わりする。ああ、つまんね。モヤモヤと妄想が湧いてくる。いつもの考え事をしはじめる。ああ、もう家に帰ろうか。

やっぱりゲームのがいいや、ということで、イヤホンを耳につっこむ。またINGRESSの世界に入り込む。なんだかなあ・・

どうして感動は続かないのだろう。日常を生きるという感動は。数分しか続かない。

どうしてゲームなんかの「面白い」は結構長持ちするんだろう。一回に数時間は続くし、また翌日も続いていく。

本当は、タモリみたいに、自分で日常をゲーム化というか、興味化して、勝手に自分流に楽しんでいくのが一番いいんだろう。他人がつくったゲームに乗っかるばかりではなくて。

俺はやがてIngressに飽きるだろう。それは間違いなく。でも、飽きたからといって、それまでに歩いた距離がなくなるわけではない。かならず何らかの体の変化、それがダイエット効果ならびに健脚効果となることが望ましいが、となって現れるはずである。体は(ほぼ)物理の世界に属している。動機がなんであれ、ゲームであれ、歩いた時間は歩いた時間なのだ。

歩くことがそんなに大事なら、純粋にウォーキングを極めればいいじゃないか、というかもしれないが、それじゃだめなんだよ、やっぱり。できないんだ。

自分をソーシャライズするための言い訳を探している。