妖怪

たぶん、夢なのだが、妖怪を見たことがあるんだ。

空を、大きな人間が、飛んでいた。わりと低いところを。ひゅーっと飛んできて、ふわりとふわりとして、またひゅーと飛んでいった。

その印象は、おとぎの国からやってきた、かの国の住人。

なんで妖怪と表現するかというと、人間っぽいかたちをしているのに、妙にぺらぺらで、なによりも、人間らしい気配を感じ取れなかった。プラスチックでつくった板の人形。表情もまるで変わらない、でも、それはなにかやはり、ただの物体ではなく、いきものというか、意志あるものに感じられた。

おれは驚いたものだ。なんだあれは?こんなものがこんなところにどうどうと飛んできて、おかしいじゃないか。みんなびっくりするはずだと、周りを見渡したけど、まわりに人はいなかった。

あまりに滑稽で、不可思議だったので、よくわからなくなって、忘れてしまった。UFOみたいなものならもっとちゃんと考えにいれられた。でも、あれは本当になにがなんだかわからなかった。

あってはならないものが、あたりまえのように飛んできて、浮かんだ。複数だった。それぞれに違った形をしていた。乗り物にのっているものもいたようだ。

ただ、残念なことに、これはおそらく夢なのだ。

でも、もしあれと同じものを、明日どうどうと見たとしても、きっとしばらくしたら忘れてしまうだろうということは、わかる。

人はきっと、あまりに不可思議なものを見ると、忘れてしまうのだ。

そういう記憶がいくつか、ぼくのライフの中で、近付いては遠ざかったのではないか、などと思うこともある。

 

本来自分とは関係ないはずのものに、急接近してしまったとき、なかったことにしたくなる。必死の想いで回避したあと、いちまつのさみしさが残る。

ただ、妖怪はこんなメッセージを伝えて来た気もする。ほら、見えるだろう、おかしいだろう、こんなものがあってはおかしいだろう、でも見えるだろう、面白いだろう、うきうきしないか? こわいか? こわくないだろう、ほら、わからないだろう、でも、わかるだろう、おれたちがずっと飛んできたことを知っているだろう、ほらなつかしいだろう、平気だろう、こんなに近くまできた。こわいかい?たのしいかい?

 

絶対に、夢なのだが、あるいは夢どころか白昼夢かもしれないのだが、空をみるとたまに、あれが飛んでくるところをイメージしたりする。あれは、あまりに唐突に、あまりにあたりまえの顔をして現れて、愚弄するかのようにひと目もはばからずふわりふわりと空を遊んでいた。なんだよお前ら、そんなふうに、飛んでいいもんじゃない、おまらは、そんなにあたりまえのもんじゃない。

次から次へと現れたが、どうやって消えていったのかは覚えていない。

あいつはトランプのキングにも似ていた。