タイ人に向かってマイペンライと言えた日

先日、知り合いがオムレツ屋を持っているということで、ヘアカットのついでに訪れてみた。アソークという場所だ。駅からの行き方を聞いて、てくてく歩く。炎天下だ。寝不足の炎天下だから、人にぶつかったりする。タイでは珍しいことだ。珍しくOL風の人にぶつかってしまい、ごめんなさい、と言った。

 

地図を見て思っていたのと、ざっと4倍くらい距離がちがったようだ。暑くて遠い。途中、iPhoneで地図を確認などしていたら、まわりの人達が僕の足元を指さしてなにか叫んでいた。え?と見ると、ぼくは、ペンキで描かれたばかりの白線を踏んでいたようだ。足元に、ペンキの刷毛をもった警察官がしゃがみこんでいた。歩道になにか線を書いていたのだ。げ、警察!と思ってあやまろうとしたら、警官はニコニコしながら笑っていた。白線に僕の足あとがくっきりと残っていた。

ぼくは恥ずかしいやらで足早に立ち去った。

でも、怒られなかったな。。警官笑ってたな。。周りも笑ってたな。。

 タイが好きだな。ふと、そう思う。やっぱりいいところだな、ここは。俺は暑いけど、距離を間違えて汗だくのフラフラでヘアカットの時間にも遅れそうだけど、オムレツ屋にもたどりつけないかもしれないけど、まあ、なにがどうあれ、誰にも怒られないだろうということだけわかっていた。

 

果たして、なんとかオムレツ屋にたどりつき、ウルトラマンオムレツなる名物を注文する。店員がやたらにこにこしている。出来上がったオムレツをうけとると、店員が「オイシーネー!」と言ってきた。「オイシー!」と答えるほかなかった。まだひとくちも食べてないのだとしても。

 

食べながら眺めていたら、店員はずっとLINEをやっているようだった。げらげら笑っていた。そんなに楽しそうにするなら、LINEやっててもいいよ、ってことだよね。としか思えなかった。もう暑くて思考力もなかった。

 

そうか、タイでは誰にも怒られないのか。そうかもしれない。そういえば、ここ数ヶ月、怒られた記憶がない。あるとすれば、昨日、激辛魚味カレーなるものを、買ってきてもらって、挑戦しているとき、僕が涙と汗を流してヒーヒーいいながら食べるのを、ヒーヒー笑いながらみんなが見てて、水のおかわりを持ってきてくれたり、汗を拭くためのティシューを渡してくれたりするのを、やさしいね、ありがとう、と思いつつ、口が痛い、口が痛い、と思いながら食べているとき、向かいに座って、汗一つかかずに同じものを食べているタイ人が、僕が途中でハシを休めるたびに、ニコリともせずに「まだ具が残っている」と言ってくるのが、最近では唯一、お前まじかよ、って思ったことだったのかもしれない。あまりにしつこいんで、思わずそいつにむかって「マイペンライ!」と叫んでしまったのは事実だ。タイ人に向かってマイペンライと言った自分に少し感動した。おれも、そういうことが言えるようになったのか。

マイペンライとは、まあ気にしない気にしない、みたいな意味)

 

なんとか(具だけ)完食した俺に、激辛魚カレーを買ってきてくれた張本人は、「今夜、トイレで寝ないことを祈るわ」とのたまった。

え、まじ?そうなっちゃうの?やっぱりそうなっちゃうの?

ただでさえ胃腸が弱い俺は、トイレと格闘することを完全に覚悟した。願わくば、帰宅するまでもってくれ。。願うのはそれだけだ。

 

はたして。僕はサヴァイブした。翌朝、普通のお通じがあって。それだけだった。おれは、強くなった。タイに来て、強くなったようだ。そうか、おれの胃腸は、俺が思っているよりも、タフになったんだ。胃腸なりにがんばって現実と格闘してきた。少しずつ環境に順応し、激辛魚カレーとの闘いに勝利するまでになったのだ。

 

おれは、と思う。おまえがそこまでやるなら、おれだって、やるよ。もう泣き言はいわない。そう誓う。おれは、強くなったんだ。知らないうちに、タフになっている。

 

いつだって体が先行する。そうやって生きてきたはずだ。第二次性徴を思い出せばわかるだろう。あんなに、自分に、驚いた。もちろん、成長もあれば老いもある。どちらにせよ、体は勝手に進んでいく。俺達は後からしぶしぶついていく。体は、言っている。タイはいいよな、と。またタイに帰ってきたらいいと思うよ、なんてことをつぶやいている気がした。

 

だけど俺の頭は言う。タイにいる理由は本当にはなんにもないんだ、と。 もっと何か目的のある場所で、目的のある生き方をしたほうがいいんじゃないのか、と。

 

 それは、やはり事実なのだ。でも、ふと、数時間前、深夜のマクドナルドで、ふとこう思ったのも事実なんだ。この国になら税金を収めてもいいな。って。